大判例

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札幌高等裁判所 昭和25年(う)682号 判決 1950年12月25日

控訴人 検察官 永本広

被告人 佐野金雄

弁護人 園田国彦

検察官 木暮洋吉関与

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年に処する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

検察官永本広の控訴趣意、及び弁護人園田国彦の答弁はいづれも別紙記載のとおりである。

先づ弁護人の答弁の第二点について判断するに、弁護人は、原判決が無罪の言渡をした場合にはこれに対して検察官が控訴をすることは憲法第三十九条違反であると主張するのであるけれども、同条に「既に無罪とされた行為については刑事上の責任を問われない」というのは無罪の裁判の確定したものについて重ねて刑事上の責任を問われない意味であつて、未確定の無罪裁判に対し訴訟法の定めるところに従い検察官が上訴することは右憲法の禁止するものではない。従つて本件のように一部有罪一部無罪の言渡をした判決に対し検察官のなした控訴は適法であり憲法に違反するものではない。

よつて検察官の控訴趣意について調査するに、本件の訴因の要旨は、被告人は

第一、昭和二十五年九月十五日室蘭市の堤昇治方では同人保管の拳銃一挺等を窃取し、

第二、法定の除外事由がないのに拘わらず右窃取にかゝる拳銃一挺を同日から同月十九日まで被告人の住居で所持していた。

というのであるところ、原判決は右第一の事実を認定し窃盜罪として被告人を懲役一年に処し、右第二の事実については、拳銃を窃取したその者が窃取行為完成後その物を所持する場合は窃盜罪の外に別個の犯罪を構成しないものと解し、この点については無罪の言渡をしたのである。

窃盜罪は財産罪であつて、刑法がこれによつて保護するところの法益は即ち被害者の財産権であるから、たといその盜品を犯人が処分したとしても重ねてこれについて横領罪その他の財産罪は成立しないものである。しかしながら同一の盜品についてもその被害法益を異にする他の犯罪は、窃盜罪の外に重ねて成立することを妨げるものではない。従つて若し右訴因第二の事実が認められるならば、その拳銃が同一被告人の窃取にかゝるものであつても、それは別に窃盜罪と法益を異にする銃砲等所持禁止令違反罪として成立するものといわなければならない。原判決はこの点について法律を誤解しているのであつて、検察官の主張は正当である。

而して原判決は法律を誤解した結果法令の適用を誤りしかもその誤りは、もしその訴因の事実が証明されたならば有罪となるべきものを無罪としたのであつて、判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十条により破棄せらるべきものである。

よつて当裁判所は刑事訴訟法第四百条但書により直に次のとおり判決する。

被告人は、

第一、昭和二十五年九月十五日室蘭市母恋南町三十九番地室蘭市警察署勤務巡査堤昇治方で、同人保管の警察職員用拳銃一挺同拳銃用実砲十八発、手錠一個在中の手錠入帯革一本、及び同人所有のソフト帽子一個を窃取し、

第二、法令に基き職務の為に所持する場合及び内閣総理大臣の定めるところにより公安委員会の許可を受けた場合でないのに拘らず、第一記載の拳銃一挺を同日から同月十九日まで被告人の同居先である室蘭市本輪西町二百八十六番地大浪アパート内餌取あき子方において所持していたものである。

<証拠説明省略>

被告人の判示第一の行為は刑法第二百三十五条に、判示第二の行為は銃砲等所持禁止令第一条第二条、同令施行規則第一条に各該当するのであるが、右第二の犯行後罰金等臨時措置法の施行により同令所定の罰金額の変更があつたので、刑法第六条第十条により軽い従前の刑に従い、同令の所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条本文及び第十条により重い窃盗罪の刑に第四十七条但書の制限内で加重し、その刑期内で被告人を懲役一年に処すべきものとする。

訴訟費用については刑事訴訟法第百八十一条第一項により全部被告人をして負担させることとした。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長判事 竹村義徹 判事 西田賢次郎 判事 河野力)

検察官永本広の控訴趣意

原判決は法令の適用に誤があつて、其の誤は判決に影響を及ぼすこと明かである。

(一) 即ち原審判決は公訴事実中被告人が昭和二十五年九月十五日室蘭市母戀南町三十九番地堤昇治方において同人の保管にかかる警察職員用拳銃一挺拳銃用実砲十八発、手錠一個在中の手錠入一個帶革一本及び同人所有のソフト帽子一個を窃取したものである、と云う事実を認定して被告人の所為に対して懲役一年に処する旨の判決をなしているが、公訴事実中被告人が前示のごとく窃取した拳銃一挺を法令に基く職務のために所持する場合及び公安委員会の許可を受けた場合でないのに昭和二十五年九月十五日より同月十九日まで被告人住居(室蘭市本輪西町三百八十六番地大浪アパート内餌取あき子方)において所持していたとの点については、拳銃を窃取したその者が窃取行為完成後にその物を引続き所持する場合は窃盜罪の外に別個の罪を構成しないと解するを相当とするとして、無罪の言渡しをなしている。

(二) しかしながら窃取行為完成後の賍物所持行為が更に他の法益を侵害する場合においてはその所持行為が別個の罪を構成することは従来大審院が繰返し判決したところであつて、近くは最高裁判所も窃取した麻薬の爾後の所持行為は麻薬取締規則違反罪を構成するとの判決をなしている(最高裁判所昭和二十三年(れ)第一五九四号昭和二十四年三月五日第二小法廷言渡)。

(三) 而して窃盜罪と銃砲等所持禁止令違反罪との保護法益を比較して見るのに前者が個人の財産の保護を目的としているのに対して後者は社会公共の秩序端的に云えばポツダム宣言受諾後の我国の完全非武装化による占領政策の安全円滑な実施を目的としているのであつて両者の保護法益は全く異なるものであることは明瞭である。しからば窃取後の拳銃の所持行為は前記の麻薬における場合と同様に窃盜罪の外に銃砲等所持禁止令違反罪を構成することも亦明瞭である。

(四) しかるに原審において取調べられた証拠によれば被告人が九月十五日に前記拳銃を窃取した後引継き同月十九日まで自宅においてその拳銃を所持していたことは明瞭なのであるから原審においては須らく、この点についても有罪の判決をなすべきであつたにも拘らず、前記の如き見解の下に銃砲等所持禁止令違反罪を構成せずとして無罪の言渡をなしたことは明らかに法令の適用を誤つたもので、その誤りが判決に影響を及ぼすことも亦明かである。従つて原審判決は破棄を免れないものと考える。

弁護人園田国彦の答弁

第一点原判決には法令の適用に誤りはない。

即ち原判決は被告人が堤昇治方から同人保管の拳銃其他を窃取し之を自宅に陰匿していた事実を認定し、其の所為は窃取完成の結果であつて他に別個の犯罪は構成しないと解し、不法所持の点に対し無罪を言渡したものである。控訴論旨は証拠及び事実の判断の裁判所の專権自由を非難攻撃するもので理由はない。仍て本件控訴は棄却さるべきものである。

第二点右事由が仮りに理由がないとしても本件検察官の控訴は日本国憲法第三十九条に違反する。

右条文には「何人も既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問われない」旨を規定する、而して此の条文は北米合衆国憲法改正第五条の「何人も――同一の犯罪に対して生命及び肢体の危険に二度と置かれることはない(二重危険の原則)に淵源していることは明である。此の二重危険の原則に付いては

(1)  前に置かれたことが後の訴追に対し被告人に抗弁権を与えることを謂うのである。

(2)  こゝに「重ねて危険に置くことを得ない」とは再度の起訴を為すことを得ないのみならず、上訴又は再審等を為し得ないことを意味するものである。

(3)  我最高裁判所は(昭和二二年(れ)第九五六号同二四年五月一八日大法廷判決)

に於て反対の態度をとつているが

之は一九〇四年………に於てホームス、ホワイト、マツケンナー三判事の反対意見をとるものであつて然も右反対意見が少数意見として否決せられ聯邦及州当局の圧倒的に下級裁判所の答申又は裁判は被告人に関しては最終且決定的なりと為し来つて居るを無視したものであるから誤りである。

(4)  又憲法第三十九条は裁判の確定したものゝ意に解する学者が一部にあるが、憲法第三十九条は無罪の判決の如く被告人の利益に於てなされた判決は之を最終且決定と為すべきことを要求して居るので、之を確定せしめることなく、之に対して国の側から無制限に上訴を為し得るが如きは制度として禁止したものである。

斯く観て来ると本件に付いては検事の控訴を認める理由がなく、寧ろ憲法に違反する控訴であるから前述第一第二の何れから言うても棄却せらるべきものと思料する。

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